| 1月29日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■まず、何から直すか
子供を見れば親がわかる、政治家を見れば国民がわかる、と言います。すべてのモノが鏡となって自分の姿を映し出していると考えれば、何かを非難してばかりいるのは、天にツバしているようなものです。
青少年犯罪の多発で「最近の一七歳は!」などと言っていますが、一七歳の人たちがおかしいのではなく、社会がおかしいからだと考えるべきです。「教育が間違っていたから変えよう」などと言っても、それを変える人たちがおかしければ話になりません。
マスコミはマイナス的な情報を流して不安をあおるようなことばかりしているし、テレビは相変わらずくだらない番組を多く流しています。
学校の先生がどれだけ理想を語っても、しょせんはお客さんになってしまっている父兄や生徒には逆らえない状況です。いじめについてのテレビ番組をやっていましたが「いじめを解決できないのは先生が悪い」と先生に対するいじめの番組になっていました。
自分が正論を語るほどに、実際に正しい生き方をしている人がどれほどいるのでしょうか。結局は世の中の人、みんなが少しずつ狂っているのではないかと思ってしまいます。
間違いがあるなら、周りの人に向けるのではなく、まず自分に向けるべきではないでしょうか。人をどうにか変えてやろうなどと思う前に、自らの生き方を見直し、できる部分から直していくべきだと思います。
努力は当たり前だと思うことのススメ
たとえば部屋をキレイにしておこうと思ったら、努力しなければキレイにはなりません。汚くしようと思ったら、ほっておくだけでどんどん汚くなっていきます。不思議ですが、世の中はそういう仕組みになっているようです。世の中に良くなってほしいと願うのなら、まず自分から良くなっていく努力が必要ではないのでしょうか。 |
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| 1月27日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■だめな自分
二〇代の頃は、未来と自分の周りにあるものだけを見て生きていました。生活に余裕がなくて生きていくのに必死でした。未来を見れば不安ばかり、周りを見れば不満ばかり言っていました。自分の考えに合わない意見やキライな人を否定していました。
そのくせ根拠もなく自分は正しいと思い込み、何でもできる人間、何でもわかっている人間と錯覚していたのです。
そんなことを繰り返していて、どうも自分には社会に通用しないことがたくさんあると気づきはじめ、本格的にいろいろなことを勉強しだした時、ふと、これまで自分はどんな人生を歩んできたのか、過去を振り返ってみたのです。
どれだけ自分がまともに育つ環境があったのだろうか?
初めて自分をしっかり見つめた体験でした。そしてあまりにダメな自分に気づいてしまったのです。「今まで何をしてきたんだろう、偉くなろうなんて思う前に、まともな人間になることが先決じゃないか」と思ったら、自分の程度、そしてスタート地点が見えたのです。このように十数年前から、自分の人生における第二のスタートが始まっています。「だめな自分」が謙虚な心を育ててくれました。そして「だめな自分」が、将来への目標を見せてくれました。
二つの等身大を知ることのススメ
人は二つの等身大の自分を見ることが大切だと思います。現時点での等身大の自分と、生まれ持っての等身大の自分です。自分は何者なのか、自分から見た自分はどんな程度の人間なのか。これを知るのが怖くてさまよっている、あるいは知ろうともしない人が多いのではないでしょうか。常にこの二つを自分に問いかけながら、本当の自分の成長を目指してはいかがですか。 |
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| 1月25日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■悩むということ
悩むということは、つらいことだしマイナス的なことだと思われています。そして、カッコ悪いとかレベルが低いというような見られ方もされているようです。しかし悩むということは、答えを出そうとした時に生じるもの。悩めるということは考えることができるということで、つまり、問題意識が高いとも言えると思うのです。
ところが世の中、意外と悩んでいる人が少ないのに驚かされます。デザイナーとして仕事を始めた頃は、「どうして思うような形ができないんだろう」「このデザインでいいのだろうか」「自分はこのままデザイナーを続けていいのだろうか」とずっと悩み続けてきました。周りの人間たちも「悩んでるよ」と口では言いますが、不安や心配を悩んでいると勘違いしているように見えました。
悩むのにはパワーがいるから大変です。
悩むことで、気づく力や考える力がつき、ものごとをいろいろな角度から捉えられるようになります。しかし、そうすることで逆に迷ってしまう場合もあります。「迷う」というのは、問題を解決する方法が見えているのに、それをやりたくない、もしくは気持ちがおさまらなくて、堂々めぐりをしながらうろうろしているような意志の弱さを表しています。
人間は段階的に成長しています。
まず悩む、そして迷わない。もしも今、何かに悩んでいたとしたら、それは成長している途中。楽しく悩めるようになれば、人生がもっとイキイキしてくるはずです。
自分よりもちょっとだけ大きい悩みを持つことのススメ
世の中は、そんなに簡単に結論を出せるようなことばかりではありません。なかなか答えを出せないが、絶対に答えが出ると信じられること、それくらいのレベルの問題に取り組むのはすばらしいことだし、それくらいの問題にチャレンジするのでなければ、進歩もないと思います。 |
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| 1月21日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■オゾン層のような人になりたい
太陽の光は最高の恵みなのですが、そのまま浴びてしまうと紫外線などの関係から、実は人間には大変な害があるそうです。
ではなぜ、私たちは太陽の光を浴びても平気でいられるのでしょう。それは、地球の上空にあるオゾン層が、太陽の光を人間にとって有益な光になるように変換をして地上に送り込んでくれるフィルターの役割をしてくれているからです。
たとえば、こんな話を聞いたことはありませんか。あるところにどうしようもない不良少年がいたが、ある積極的な教育者と出会い触れ合ったことで改心し、不良をやめ、善の人間に変わることができた、というような話です。これは、不良少年の持っていた間違った心を、良い方向に導いて転換する能力があるということができます。
不良は学校から退学。能力のない人はリストラ。そんなことをしても、広い目で見た時には根本解決にはなっていません。やめさせられた人たちがそれで生まれ変わるわけではないし、やめさせた学校や会社も、また同じような人が現れた場合は同じことを繰り返すしかないからです。求める方針に合わないからと何でも排除してしまうのではなく、自分と接することで、どんな人も社会に貢献できる人になってもらえる、そんなオゾン層のような人間をみんなが目指したならば、世の中がもっと良くなってくるのではないでしょうか。
方向転換力を持つことのススメ
一見、よくないもの、必要ないものと思われるものでも、方向転換することで役に立つことがいっぱいあります。特に人間の才能は図り知れません。今いるところに合わないだけで、別のところでは思わぬ実力を発揮するかもしれないのです。その人や物を使いきれないのは、受け入れる側の度量に問題がある場合もあります。どんなものも活かす、適材適所に配置するなど、方向転換の技を身につけたいものです。 |
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| 1月19日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■支度という礼儀
よく、いろいろな人の集まりに出る機会があります。いつも思うのは、参加する方たちの中で、人に会うための支度や心構えをして来る人が少ないのではないかということです。
自分の商売のカモを探しに来ているだけのような人もいます。何かおいしい話がないかとか、ただただ良い話を聞きたくてとか、与えられることだけを期待して、お客さんのような気分でやって来る人が多いように感じるのです。
このように受け身だけの人もどうかと思いますが、むやみやたらと主張する人、人の意見を批判する人、人の意見を聞くにしても、おもしろおかしい部分だけを聞いてうわさ話する人も多いようです。そこには、新しい情報を教えてもらい学ぼうなどという態度が感じられません。せっかくたくさんの人と出会い、新しい世界が開けるチャンスなのに、もったいないことだと思ってしまいます。
集まりの席では、自分が何者なのかをスピーディに説明できたり、相手の自己紹介をしっかり聞いたり、その場を楽しく盛り上げる工夫をしたり、自分から、参加している人に何か情報を提供するなど、そんなことがしっかりできる自分になりたいと思っています。あいさつのような一般的な礼儀はもちろんのこと、参加するからには、その場にいる人に少しでも有意義な時間を過ごしてもらうための支度をしていくのも、人に会う礼儀なのではないでしょうか。
参加意識を持って人と会うことのススメ
これから自分は何をしに誰と会うのか、自分にはどんな役割があるのかを考えるのは、普段の生活の中でも大切なことだと思います。飲み会なども、ただ楽しむために行くだけでなく、どれだけ自分が人を楽しませられるかという意識を持って参加することが大切なのではないでしょうか。同じ時間を過ごすのでも、きっと充実感が大きく広がってきます。 |
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| 1月17日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■小さかった頃
「小さかった頃」といっても、子供の時ということではありません。自分が人間としてもっと小さかった時のことです。
誰かと会う時、苦手な人に対しては妙に引いてしまったり、好きな人や得意な人に対しては妙になれなれしかったり。とにかくムラがありました。
特に、有名な方や専門性の強い方とか、すごい人なのではと感じる人には、意味もなく緊張していました。
それはきっと、自分の底の浅さを見破られるのが怖かったからだと思います。ちっぽけな自分の自尊心を守るために、差があり過ぎる人には媚びを売って、ちょっとだけすごそうに見える人には虚勢を張る。
振り返ると恥ずかしいのですが、そんなことを続けてきました。
しかし、恥ずかしいと思えるようになっただけでも、多少成長できたのではないかと思うのです。今では、そんな苦手だった人たちに、どんどん会いたいくらいです。なぜなら、すごい人はその優れた部分のすばらしいモデルになってもらえるからです。すごい人を知ることで、自分の悪いところや小さいところを教えてもらえるのもありがたいことですし、自分にない知恵や専門性をアドバイスしてもらえて、とてもお得だと思います。こうやって怖いものがひとつ減った今、人と会うことや人生がとても楽しくなりました。
あなたらしい積極人生のススメ
何かの専門家だったり地位や名誉がある人だからといって、人格者とは限りません。すごいといわれる部分は尊重するにしても、その人と自分とを見比べて卑屈になる必要はないし、逆に本当の人格者に出会ったのなら、それこそすごいことで、教えてもらうことは山ほどあります。まず、今の自分のありのままの姿、つまり等身大の自分を受け入れ、卑屈にならない。それだけで、かなり積極的に生きていけるのではないかと思います。 |
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| 1月15日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■間違いは正解の素
多くの人は、「間違う」のはいけないことだと思っているようです。そして、なるべく間違わないようにしています。 ミスを犯さないように気をつけるのはもちろん大事ですが、間違いを悪者あつかいするあまり、間違えば落ち込み、人の間違いは責めてしまうということはありませんか。 はたして、今まで間違ったことのない人がいるでしょうか。それどころか間違ったおかげで理解が深まったり、次のステップへ心置きなく進むことができているのではないでしょうか。 間違いは正解への道案内をしてくれます。大切なのは、正しく間違うこと。そのために、間違った時にしてはいけないことがあります。「言いわけをする」「忘れようとする」「人のせいや環境のせいにする」「落ち込む」などです。では間違った時にやっておくべきことは何でしょう。「反省をする」「関係者に謝る」「原因を探る」「必要になるまで大切にココロにしまっておく」などではないかと思うのですが、どうでしょうか。 間違いを言い換えるなら、それは「経験」です。広告人として、自分が手がけた仕事、たとえばポスターなどを壁に貼っておくのですが、何日か見ていると「あっ」と思うことがいくつか出てきます。「もっとこうすれば良かった」という意味での間違いに気づくのです。これは、自分の段階的成長を確認するための作業なのです。 大切なのは正しく間違う毎日の積み重ね。間違いは正解の素だと思います。
まず自分の感情に打ち勝つことのススメ
自分の意にそぐわない人間を心の中で排除しても、また意にそぐわない人は現れます。永遠に同じことを繰り返すのか、どこかで受け入れていくのか、その差はそれこそ天国と地獄。よけいな苦しみから一刻も早く抜け出し、イキイキと生活するためにも、変われる自分であることが大切なのではないでしょうか。仕事も生活も恋愛も、みんな同じことだと思います。 |
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| 1月13日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■変わる人、変わらない人
何回注意しても変わらない人がいます。「どうしてこんなに簡単なことに気をつけられないんだ!」とカリカリして、もう言うのがイヤになってしまい「結局人間は変わらないんだ」なんてあきらめてしまいたい時があります。
しかし、その変わらない人を見て「信じられない!」なんて言っている人自体が、実はいつまでたっても変われない人だったりします。いつまでたっても良くならない人を見たら、「そうか、人によっては変われない人もいるんだ」と思えるような自分に変われればいいのに、それができなかったりするのです。
結局は、こちらから見て変わらない人と同じなのです。何を言っても変わらない超ガンコな人は、それと同じくらい超ガンコな人を変えてくれるために存在している、と考えられます。どうも世の中、受けとめ方しだいで、とてもありがたい仕組みになっているようです。
相手が変わらないと思ったら、まずどうしたらわかってもらえるか取り組んでみる。それでも変わらないのなら、わかってもらえない自分なんだと見返る必要があります。意外と自分も、ガンバっているつもりでも「できていないじゃないか」と言われ、ついぶ然としてしまうことがあります。でも言われるからにはできていない部分がきっとあるのだと、それを受け入れていけばきっと人間に幅が生まれてくるのではないでしょうか。
どんなにムッとしても、結局、自分に置き換えることでしか変化は生じないようです。
まず自分の感情に打ち勝つことのススメ
自分の意にそぐわない人間を心の中で排除しても、また意にそぐわない人は現れます。永遠に同じことを繰り返すのか、どこかで受け入れていくのか、その差はそれこそ天国と地獄。よけいな苦しみから一刻も早く抜け出し、イキイキと生活するためにも、変われる自分であることが大切なのではないでしょうか。仕事も生活も恋愛も、みんな同じことだと思います。 |
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| 1月11日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■自分との対話
人間は一人格ではありません。その時、その時の自分の都合でころころと考え方も想いも変わるものです。
二重人格とか多重人格などという言い方をすると、何か病気のようなイメージがしたり、いい加減な人のような感じがして聞こえが悪いのですが、そういう特別なものではありません。
誰もが自分の中に何人もの自分を持っています。なまけ者だったり、がんばり屋だったり、わがままだったり、優しかったり、まじめだったり、嘘つきだったり、いじけっ子だったり。そのどれもが、まぎれもない自分です。
でも、その中にも「真の自分」がいます。人として理想的な自分です。なのに、理想的な方向へ自分をうまくコントロールできないのは、理想の自分とそれ以外の自分がうまくコミュニケーションできずに話がまとまらなかったり、どちらかに偏ったりしているからなのです。理想の自分を司会者にして、いつも有意義なココロの会議を開くことができれば、納得のいく自分でいられるのではないでしょうか。
身の周りにいる人たちとのコミュニケーションと同じように、自分の中にいる人たちとの対話を大切にしていきたいと思います。
自分の中の自分たちを受け入れていくことのススメ
人格は気分で変わる、状況で変わる、相手によっても変わります。聞いている音楽に影響されているような場合もあります。無理にいつもいい人でいる必要はありませんが、どんな人間になりたいかを考えなくなったら、そこで成長は終わってしまいます。いろんな自分を受け入れながらも理想をイメージしましょう。しんどいと思うかもしれませんが、本質ではない言動をしている方が、もっと苦しかったりするものです。 |
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| 1月9日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■ココロの整理整頓
大学に教えに行っていて思うのは、学生は話しかけないとなかなか話さないけれど、いったん話しはじめるととりとめもなく話し出すということです。どうやら、うまく自分の想いを言葉にできないようなのです。
学生だけではなく、大人もそうです。相談ごとでは、たいていの人が思っていることをうまく話せなかったり、気持ちの整理や考え方の整頓ができないのがよくわかります。
以前は、そんな人たちと話しているとすぐに「それはこういうこと?」「こうしたらいいんじゃないの」などと意見がましいことや、解決するための具体的な方法を言ってしまっていた…というより押しつけていました。しかしそれはいけないことだと気づきました。
まずは相手の話をよく聞いて、その脈絡がないように感じる話の中から、いくつかのキーワードを見つけます。そして「あなたが話している内容の中には、これとこれとこの問題が入っていますね」と投げ返してあげると、意識していなかった自分の想いに気づいてびっくりします。
そうやって本人の気がついたことに、具体的な方法のヒントを提案してあげるととてもわかりやすくていいらしいのです。そしてもうひとつ大切なのは、そうはいっても結局、どのやり方でいくかは本人が決めるべきだということです。
このような場面に遭遇するごとに、部屋の片づけと同じようにココロにも整理整頓が大切で、日頃からやっておけば後が楽だと実感します。
考えをルール化することのススメ
何かものごとに向かい合った時に、そのつど解釈していたのではココロの中が混乱してしまいがちです。すばやく気持ちを整理するためには、普段から自分の中で考えや判断の基準を作り、それをルール化してみてはどうでしょう。「人にはとにかく優しくする」「心で人を責めない」など、「正しく便利なルール」をいかにパターン化できるかで、ココロの整理整頓の効率がちがってくると思います。 |
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| 1月7日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■「何々とは」と考えてみる
ものごとを深く見つめていくには、「〜とは何だろう」と考えてみるのがいいようです。
私の場合でいうとグラフィックデザイナー出身なので、「グラフィックデザインとは」「グラフィックデザイナーとは」ということを考えてきました。
考えていくと、答えはひとつではないことがわかってきます。いろいろな捉え方が出てきて、そのどれもが間違いではないのです。
そしてもうひとつわかったのは、気づいたことをただ想っているだけでなく、書きとめておくことが大事だということです。そうしないといつまでもあいまいなままで、しっかり心に残らないからです。毎日、毎日、思いついたことを書きとめていくことを続けていくと、プロとして本物に近づくスピードが早くなるようです。
生活の中でも、「父親とは」「優しさとは」「人間付き合いとは」など考えることはいっぱいありますが、最近は「自分とは」と「経営とは」と「経営者とは」、そして「教育とは」を深く考えるようになってきました。周りばかりが気になっていた自分が、やっと自分と自分本来の仕事に目を向けられるようになってきたのかもしれません。
ガンジーの言葉に「怒りをおぼえたら、怒りにまかせず何故この怒りが生じたのか考えなさい。そしてそれを紙に記しなさい」というものがあります。ささいなことと流してしまわず、少しずつ自分の想いを書き記していこうと思います。
書くことで想いをはっきりさせることのススメ
世の中、考えていない人はきっといません。でもその考えがうまくまとまらないのは、頭の中だけで漠然と思ってあいまいなままにしているからです。書きとめるという作業は、形のなかった「想い」を形にして確かめるということの第一段階です。自分の意外な想いに気づいたり、ものごとを深めていけたりします。 |
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| 1月5日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■自分人生
仕事の取材で企業の社長さんや働いている方たちの話を聞いたり、個人的に相談にのってほしいなどと頼まれたりして、これまで「さまざまな人生」の話を聞いてきましたが、どの人の話を聞いてもけっこう感動します。ひとつのドラマのようです。
みんな、それぞれ一生懸命に生きてきたんだなと、胸が熱くなってきます。
このように身近な人の感動的な話を聞いていると、ガンジーとかヘレンケラーとかエジソンという歴史に残る人たちの偉人伝というものは、小説を読んだり映画を観るように感動できますが、あまりにすごすぎて、何か自分とはかけ離れた世界のことのように感じてしまいます。
メディアが発達したことによって世界中のいろいろな情報が届くようになり、世界中のすごい人の話が伝わってくるようになりました。しかし逆に、自分の身近にいる人の人生に目がいかなくなっているのではないでしょうか。偉業を成し遂げた人生はすごいけれど、平凡に見える人生は興味がない、などと思ってしまってはいませんか。
人生の成功のヒントは、もっと身近にあるのではないかと思うのです。お父さん、お母さんの人生はどうだったのか。近所のおじさんや会社の上司、学校の先生の人生はどうだったのか。
もっとそばにいる人に目を向けていくと、自分の人生も見えてくるような気がします。
人生のモデルは身近から探すことのススメ
「尊敬する人物」などと言うと、つい、何かすごいことを成し遂げた立派な人を連想してしまいがちですが、そうではないと思います。まず身近な、人として人らしく、あたたかく優しく生きた人の価値を認められる人間でありたいものです。きっとあなたの周りには、いい体験をしてきた人たち、見習える部分を持ったすごい人たちがたくさんいるはずです。 |
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| 1月2日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■自分の形をイメージしてみる
大学で自分CI(コーポレート・アイデンティティ)という授業をしています。学生たちがそれぞれ自分を見つめて、自分を表現するマークを作成するという内容なのですが、これがみんな、まったくと言っていいほど形が思い浮かばないようなのです。
形が浮かばないということは、自分がどんな人間なのか、どんな想いを抱いているのかがわからないということです。
ところが、とりあえず「進む」というキーワードはみんな持っているようです。そして多くの学生が、その「進む」というキーワードを矢印で表現します。
一言で「進む」と言っても、物理的に前に移動するという意味もあるし、成長するとか上達するという進み方もあります。それを表現する矢印記号は、先哲者があみ出してくれたひとつの優秀な形で、力強く何かを指し示してくれるものです。
しかし、あまりに優れた形であるために便利だからと安易に使ってしまうと、他の人との差別化ができず、もっと自分が見えなくなってしまいます。
多くの情報の中でさまざまな価値観が交錯する今、人が自分の形を見ていくことがますます大切になっているのではないでしょうか。将来どういう自分になっていたいか、自分を色に表すとどんな色なのか、人間という形をはずした時にはどんな姿形になるのか。
誰もが、いくつになっても、心の中に「どんな自分になるのか」「どんな人生を送るか」という絵を描けるアーチストでありたいものです。
人生をイメージで創り上げることのススメ
「自分の個性を大事にしたい」と言いながら、同じファッションに身を包み、自分を殺している人たちがいます。人と同じことをしていれば安心かもしれませんが、そこに自分はありません。誰にも、その人ならではの才能や人間的魅力があります。自分の人生の物語をイメージし続けましょう。きっと試行錯誤しながら、自分らしさが探し出せるはずです。 |
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| 12月31日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■死に方の準備
どんな死に方をするかは大きな問題です。死ぬことをいうなんて縁起が悪いなどと言う人もいるかもしれませんが、どんな人にも必ず訪れるのが”死“というものです。
自分はどういう死に方をするのかをいつも考えています。それは布団の上でとか、病院でということではなくて、どんなことをやり遂げて、どんな気持ちで死んでいくか、ということです。
自分の理想の死に方を実現させるには、それなりの準備をしておかなくてはなりません。
たとえば「自分の家の布団の上で死にたい」というのと「家族に見守られて死にたい」とでは、準備しておくことが違ってきます。この「どんな死に方」の準備をするかというのはとても重要なことです。
大切なのは、いつ死んでも悔いが残らないように心がけること。それは毎日を精一杯、力の限りに生きるということです。そして、過去の自分をじょうずに精算する心を持つこと。あんなことをしてしまったとか、もっとあれをやっておけば良かったとか、自分の人生なんて、などと考えない。どんなことも、実はすべて意義があることだったんだと思える自分になることです。
こうやって一つずつ死に方の準備をすることが、結局は生き方を見つけることにつながっていくのだと思います。
締切りを持つことのススメ
死ぬということは人生の締切りです。それもいつ訪れるかわかりません。締切りとして意識することで、いつまでに何をするかという人生目標を持つことができます。普段の生活の中でも、目標には必ず締切りを設けることが大切です。その期日を目指して少しずつ取り組んでいくことで、実現につながっていくのです。 |
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| 12月29日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■自分差別
世の中には、人種差別をはじめさまざまな差別がありますが、私たちが気がついていない差別もあるのではないでしょうか。
一般的に差別というのは他の人に対するものなのでしょうが、実は人は、自分をいちばん差別しているのではないかと思うのです。どういうことかというと、「自分なんか、何も才能がないから」とか「いい学校を出ているわけじゃないから」「家柄や育ちがいいわけじゃないし」などと思っています。
またその反対に、「社長だから自分は偉いんだ」とか「いい会社に就職できたから」、「主人が出世したから」…などと思いこんでいる人も多いようです。中には、人の意見を聞いてかってに解釈し、「バカなこと言ってんな〜」などとココロの中で根拠もなく自分の方が正しいと思っていたりする人もいます。
このように卑屈になったり、反対に上から人を見下ろすような態度をとってしまうのは、本当の自分を知らないことから起きる、自分差別だと言えます。
この自分差別をしなくなった時にはじめて、自分の個性や能力といった本当の自分が見えてくるのではないでしょうか。
自分をまっすぐに見つめることのススメ
苦労を経験することで良く変わる人もいれば、そうでない人もいます。それは苦労していない人にも同じことが言えます。苦労した・しない、育ちがいい・悪いが問題なのではなく、自分の置かれた立場をきちっと見つめていくことが大切なのではないでしょうか。人と比べてどうのこうの言うより、まず「自分という人」としっかり向き合いたいものです。 |
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| 12月27日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■地球人として恥ずかしい
「◯◯として恥ずかしい」という言葉があります。 大人としてとか、男としてとか、◯◯家として恥ずかしいなど、さまざまな形で言われてきました。一企業の人間として恥ずかしいとか、日本人として恥ずかしいなど、誰もが何度か聞いたことがある言葉ではないでしょうか。そして一度は自分に投げかけられたことがあるのではないでしょうか。
この「恥ずかしい」という言葉は、ひとつ間違えば見栄や体裁につながってしまうかもしれませんが、正しく捉えるのなら、とても大切なことでもあります。
最近では国と国との境がなくなってきたと言われています。それは人種間の差別がなくなってきたとか、インターネットの普及だとか、経済や文化がひとつのものに統合されてきたなど、さまざまな理由が考えられます。そんな時「何々として恥ずかしい」という戒めをどこに持っていけばいいのでしょう。もう一民族とか一国家という、狭い境界の次元ではなくなっているのではないでしょうか。
この広い宇宙にはすばらしい星がきっとあると信じています。平和で、美しくて、住民が幸せに暮らしている星です。そんな、どれだけすばらしい星が宇宙にあるのか、というイメージを膨らませるのがいいかもしれません。そして、そのすばらしい世界をモデルにさせてもらい、「地球人として恥ずかしい」といった戒め方を自分たちに課すくらいのものの見方が問われる時代になってきていると思います。
思いっきりマクロに見ることのススメ
人はみな、自分という個体を通して世界を見ています。そういう意味で誰もが自己中心であり、どうしても半径数メートルの狭い世界で行動してしまいがちです。人のことや周りのことを考えることが大切だとわかっていても、それがなかなかできないのが人間の心癖ともいえます。だからこそ、常にマクロにものごとを見ることを心がけたいものです。本当の「大切の優先順位」が見えてくると思います。 |
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| 12月25日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■イメージを考えてみる
何人かでレストランへ行った時のことです。
そこに「ごまアイス」というものがありました。「これ、おいしい」。女性の方たちにはとても好評だったのに、ある男性が、グレイ色をしたそのアイスを見てこう言いました。「見た目が悪いよな〜」。
一体、どの見た目が悪いのでしょう。ごまのアイスなのだから、ごまの色でいいのではないでしょうか。その男性は「食べ物ってさ、見た目が大事じゃない」と付け加えました。
きっとこんな考えがまかり通って、人参やキュウリはまっすぐでなきゃ、とか、大根は真っ白でスラッとしてなきゃ、なんていうことになってしまうのでしょう。
アイスは白い、もしくはさわやかな色のもの、というような決めつけたイメージを持っているのではないでしょうか。「お〜、ごまの色がキレイに出ている、なんておいしそうなアイスなんだ」と言っても決して間違いではありません。
よくイメージが大事なんて、わかったようなことを言う人がいますが、自分自身のイメージの持ち方の基準がおかしければ、見方も間違ってしまいます。
これは人のイメージを見るのも一緒だと思います。
決めつけないことのススメ
「こうに決まっている」「普通はこうだ」と言うのは、根拠がなければただの思い込みです。かえってそちらの方が惑わされている場合もあります。食欲をそそるようにとか、よろこんでもらうために料理をきれいに飾ったり盛り付けたりするのはもちろん大切ですが、行き過ぎて不自然なことまでするのは違います。何事も、見た目は確かに大事ですが、中身を正しく見たいものです。 |
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| 12月23日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■おはよう
出社時間を一時間早くしてみました。いつもと辺りの様子がちがいます。 まず、車の量が少ない。いつもだったら、ちょっと殺気立って、どこか一直線を見つめゴウゴウとうなりをあげて走り去っていく車も、おだやかに感じます。どことなく休日を思わせるものがあります。
静岡はお年寄りが多いところです。特に自宅から会社にかけての一帯は、昔からある家が多いためお年寄りが目立つのですが、朝早いとお年寄りたちの雰囲気もちがいます。知らないお婆さんにいきなり「あんた、立派な体格してるね」なんて声をかけられるのです。そのつど「はぁ」とか、小声で「おはようございます…」なんて言っていました。
ある日、向こうから一風変わったお爺さんが歩いてきました。そして、なんかちょっと変な爺さんだぞ、と思った瞬間に「おはようさん」と言われました。不思議な爺さんでした。そして私の口からも、しっかりした口調で「おはようございます」と出ていたのです。 次の瞬間、自分の周りのすべてが実は「おはよう」と言ってくれているのかもしれない、と感じたのです。木にもおはよう。道路にもおはよう。当然、鳥や花にもおはよう。心の中であいさつをしながら会社までやってきました。まったく景色が変わっていました。
自分の周りにあるすべての存在と、ちょっと会話ができるようになった朝でした。
ゆとりを持った生活のススメ
心にゆとりがあると、普段は気づかなかったいろいろなことが見えてきます。つい忙しい毎日に流されてしまいがちですが、心のゆとりは与えられるのではなく、自分で作り出すもの。ふと冷静に自分や周りを見つめられる瞬間を持てる、余裕を心がけたいものです。 |
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| 12月21日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■大怪獣パキラ
私の会社には、一本の不思議なパキラがいます。
この観葉植物は、以前、お客さんの会社の窓際で、植木鉢にひっそりと植えられていました。そして私が行くと、いつも寂しそうに話しかけてきたのです。「こんにちは。また来てくれたの。いつも私に気づいてくれるね」。
あまりにも私に話しかけてくるので、ずうずうしいかなと思いながら勇気を振りしぼって、「よかったらこのパキラ、もらえませんか?」と聞いてみました。すると「誰もぜんぜん世話をしないし、かわいそうだから、よかったらどうぞ、どうぞ」という返事。
さっそく事務所に持って帰り、水をあげました。すると、植木鉢の下から真っ黒い水が出てくるのです。もう土を洗うつもりで、じゃんじゃん水を流しました。するとヤニのような水が、次から次へと出てきます。水がキレイになり出した頃から、パキラがすっきりしたように感じました。そしてその日から、すくすくと伸び始めました。
大きくなってきたので、植木鉢をひとまわり大きく、そしてちょっとオシャレなものに代えました。そしたらもっとすくすく伸び始めました。何年もの間、四〇センチくらいだったパキラが、一年もしないうちに一メートルをゆうに超え、丸坊主だった枝は葉でふさふさになり、別パキラになってしまいました。
「ここはとっても居心地がいいんだよ」と言ってくれているようで、なんかうれしい。大怪獣になったパキラは、私とこの会社が好きなようです。
人も植物も成長する場づくりのススメ
風通しが良く、光に満ちて明るい。電磁波やアスベストなど体に害を及ぼすものがない。心安らぐ静かな音楽が流れている。活き活き能力を発揮するための設備や配慮がされている…そんな、人が気持ちよく過ごせる場所は、植物も動物も、みんな元気になります。どんな優秀な人でも、砂漠のまん中にポツンと置かれたら、どうしようもありません。成長するには、それなりの場づくりが大切です。 |
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| 12月19日更新 ………………………………………………………………………………………………… |
■リ・サイクルの視点
「牛乳パックは上質のパルプからできているから、再生にむいています。みんな、エコロジーのために牛乳パックは捨てずにリサイクルに出しましょう」。そんなことが叫ばれました。捨てないことで社会の役に立つのなら、こんなにいいことはありません。「私はいいことをしている」的感覚で、どんどん牛乳パックが集められました。
しかしその牛乳パックは、製紙会社の倉庫に山積みに放置されてしまいました。なぜでしょう。
牛乳パックから再生紙を作るには、手間がかかりお金がかかってしまいます。当然、できたトイレットペーパーは、バージンパルプから作ったものより割高になります。それが売れないのです。何円か高くなってしまったものは売れない。しかしそれでは製紙会社はやっていけません。バッサバッサと切り倒した木を外国から輸入して作った方が原価がかからず、安く市場に提供できます。また、同じ再生紙でも、新聞紙からのリサイクルの方が安くできます。こうして結局、集められた牛乳パックは放置されてしまったのです。
多少高価でも、リサイクル品を買うところまでいってはじめて、真のリサイクルが成り立つのではないでしょうか。自分にとって何もリスクのないことだけをしていたのでは、きっと世の中は変わりません。
意識を高めることで気づくことのススメ
自分の家の冷蔵庫に入っている牛乳は日付けの古いものから飲むのに、スーパーで牛乳を買う時はできるだけ日付けの新しいものを買う。もうそんな、自分中心の生活から少しずつ離れていきたいと思います。ホントのエコロジーって、目立たないところにいっぱいあるはずです。 |
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