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12月16日更新 …………………………………………………………………………………………………
■お金のない社会
 お金のない社会になっても、きっと働く人と遊ぶ人がいると思います。「え〜っ、みんな遊ぶに決まってるんじゃないの」などと言うのは、働くことの本当のやりがいやおもしろさをまだ体験したことがない人だと思ってしまいます。
 文化祭なんて面倒くさいから企画や準備には参加しない、と言う人は、参加した人がどんなに大変な思いをしたか、それを乗り越えて成功させ、どんなに最高の感激を体験したかを知らないのと一緒です。
 私は「働く人」です。遊ぶのはすぐに飽きてしまいます。
 しかし現実は、お金のために働いている人が多いようです。なにか悲しいものがあります。遊ぶ時も、お金を気にしながら遊んでいます。ちょっと寂しいものがあります。
 お金のない世界になったら、働きたい人はやりたいだけ仕事をすればいい。遊びたい人は思う存分遊べばいい。「いらっしゃいませ」とにこにこいっている私に「ご苦労さん」とにこにこしてくれるお客さんがいます。両方とも損得抜きに楽しんでいます。遊んでいる人もありがたい、働いている人もありがたい、そんな世界です。
 「儲かる仕事や儲からない仕事」などという差別のない、「お金をもらえないんだったら遊んでいた方が得」なんて考えのない世界にはできないものでしょうか。できる、できないはともかくとして、こんな考え方があってもいいのではないかと思います。


働くのは損、というココロを捨てることのススメ
 こんなことを言うと「お金のある社会は大切だ。それが励みになるからだ」などと言う人も出てきますが、本来は、お金をもらうことが目的ではないはずです。心豊かな生活を送りたい、みんなに喜んでもらえる仕事がしたい、必要とされる自分になりたい。それが本当の幸せであり、社会を営む目的なのではないかと思うのですが、いかがでしょうか。
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12月14日更新 …………………………………………………………………………………………………
■買春
 近頃やっと売春も悪いが、買春、買う方にももっと厳しく、という風潮になってきました。とても良いことだと思います。
 以前、ワシントン条約で売買を禁止されている動物が、日本にばんばん密輸されているという報道がされていました。
 売り手の方はとても貧しい国が多く、事情を感じざるを得ないところもありますが、買う側の日本はどうでしょう。ただの趣味とか、人とちがったものがほしいという虚栄心ではないのでしょうか。オランウータンなどは子猿しか売れないために、捕獲する時に母親を殺してしまうのだそうです。買う人さえいなければと、怒りと悲しみをおぼえてしまいます。
 ハンバーガーが半額!ビール一杯一〇〇円!とにかく安い、何でも激安!…それを革命だ、すごいなどと言っている人たちがいるようですが、そこまで安くしなければ生活できないほど、日本は貧しいのでしょうか。毎日、何億食と出るハンバーガーのために、大量の牛の犠牲と牧草地の破壊が続いています。なのに、安いからと気軽に食べ残して捨ててしまうことも、自然と増えているのではないでしょうか。
 何でも値切り、安くする現状が、その仕事に関わる労働者への負担、粗悪品の製造、環境破壊といった事態をひき起こしたり、世の中を安物ばかりにしてしまい、結局は消費者自身に弊害となって降りかかってきてしまう。買う方の責任を、もう一度問い直してみたいと思います。


消費する責任を持つことのススメ
 超値くずれ、景気低迷、環境破壊。それはみんな、私たち自身がひき起こしていることです。自分が買うことによってどんな企業が儲かり、どんな事業が発展していくのか、そのことによってどんな結果が起きるのか、消費者はその責任を担う意識を忘れてはいけないと思います。
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12月12日更新 …………………………………………………………………………………………………
■花粉症が投げかける選択
 春は花粉症の季節、三つの選択を迫られます。鼻炎スプレーを使うか、病院へ行って花粉症用の注射をしてもらうか、そのままガマンして季節が通りすぎるのを待つか。
 こう考えています。「注射は体に良くないから、やめた方がいい」という人もいますが、鼻炎スプレーだって結局はノドから体に入ってしまう。それに目薬や鼻炎スプレーはめんどうだし、結局クセになって多量に使ってしまう場合があります。
 だからといって注射も薬も使わないのは、自分にとってものすごくストレスだし、夜も眠れません。その疲労度を考えると、薬以上の負担が体にかかるのではないかと思ってしまいます。それに、いつも苦しそうな顔をして人に心配をかけさせたり、くしゃみばかりして周りに迷惑をかけてしまうのもいただけません。
 だから、周りの人と自分のことを考えて注射を選んでいます。
 確かに注射は、成分が体に悪いというようなこともあるでしょう。でも、おかげでさわやかな春を迎えさせてもらえるのです。薬の悪いところは自分の体で自然消滅できるくらいにがんばりたい。だいたい、アレルギーというのは何かに対する拒否反応なのですから、まだまだ自分に受け入れの気持ちができていない甘さがあるんだな、と見返ることも大切だと思っています。
 何にでも感謝感謝と思い、いつも受け入れの気持ちで春を迎えているつもりなのですが、花粉症はこの一五年間未だに治りません。春は自分の未熟さを一つ教えてくれる季節です。


病気を通して成長することのススメ
 病気やケガをしたことで健康のありがたさを実感した、という方も多いのではないでしょうか。病気は、体の中のゆがみを知らせてくれるメッセージでもあります。どこか自分に無理があったのではないか、自分の病気のことばかりで周りへの配慮は忘れていないか、治りが遅いのはなぜかなど、さまざまな投げかけをしてくれます。つらい病気の時こそ、乗り越えるべき試練だと思い、自分を成長させていきたいものです。
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12月09日更新 …………………………………………………………………………………………………
■気がついたことから、こつこつと
 一日一善。
 ある時、小さなことからでも自分でできることを、と思い立ちました。
そして、会社まで徒歩通勤する途中に落ちているゴミを拾って歩くことにしました。
 いざ始めてみると、ゴミの多さにびっくり。街中がゴミだらけ、ということではありません。今まで気がつかなかっただけで、よく見てみると次から次へと点々とゴミがあるのです。あっ、あそこにゴミが…、そこへ行くとまた、あっ、こっちにもゴミが…。気がつけば気がつくほど、通勤圏から外れていってしまいます。だから会社に向かうためには、あそこに落ちているゴミに気がついても「ごめんね」と通り過ごさなくてはなりません。
 なんか自分の無力感を感じてしまいました。
 仕事の場合に置き換えたらどうでしょう。何も気がつかないで、ただ決まったことだけを毎日繰り返しているだけの人より、何かに気づいて「今回はこの課題に取り組むけれど、次回はできなかったあれに取り組もう…」と考える人の方が成長の度合いが数段大きいと思います。
 気がつけるかどうか、どう実行していけるか。その繰り返しが向上心なのかもしれません。今日拾えなかったゴミは、明日拾っても良いのです。


まず始めることのススメ
 私たちは何かに取り組もうとする時「できる」「できない」という極端な判断をしてしまいがちです。しかし答えは0か100かではありません。その間に無限の段階があります。できることから始めて、10でも20でも進歩すればいいのです。大切なのは、まず始めることです。
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12月07日更新 …………………………………………………………………………………………………
■マイナスニュース
 ニュースを見ていて、いつも疑問に思います。
 なぜ交通事故のニュースを流すのでしょうか。なぜ窃盗のニュースを流すのでしょうか。
教訓、見せしめのために報道しているのでしょうか?よくわかりません。
 以前にインターネット販売でトラブルが起きているというニュースが流れました。ただ、そういう事件が増えている、という情報が流れただけです。だから何なのかが全然わかりません。それだけでは、とても悪質な犯罪があちこちで起きているようにも受け取られます。
インターネットなんか…と言っているようにも聞こえてしまいます。
あるインターネットで商品を販売している人が言っていました。
「商品を発送しても、送金されない時もある。でも店で万引きされるよりも、はるかに損害は少ない」と。
 今の報道は哲学が足りない、知恵が足りない、プラス発想が足りないように見えます。できごとを解釈する能力や勇気に欠ける人たちが、ただ起きた現象の、それもゲスっぽいところだけを報道しているように映ってしまうのです。露出度が高いだけにやっかいです。
 暇にかまけてそんな情報だけを自分に取り入れて「情報通だ」なんて最もらしいことを言っている輩が増えていることの方が、もしかしたら地球温暖化や生活習慣病の増加よりも、よほど問題かもしれません。


プラスニュースを見つけるススメ
 毎日いろんなショッキングなニュースがばんばん流れているため麻痺してしまい、それを当たり前のように聞き流したりおもしろがってはいませんか。浅い判断でかってなイメージを創り出し、さも実話のように妄言を言いふらすことをしていませんか。マイナスニュースに触れる時は、それにやられない心構えが必要です。できるだけ、生活の中でプラスニュースを見つけられるようになりたいものです。
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12月05日更新 …………………………………………………………………………………………………
■出発(たびだち)
 いよいよ息子が東京に出発する、という時の話です。
 下宿先は渋谷区の初台駅から歩いて十分くらいのところです。浪人が決まってどの予備校にするか、どこに住むのかなど、あわただしく時間が過ぎていきました。ほんの短い時間だったのに、すごく長い時間に感じてしまいました。
 昔と違って、浪人というのもそんなに暗いイメージではなくなってきているのでしょうか。本人がいたって明るいのです。暗くなられるよりは良いのでしょうが、もうちょっと真剣な態度でいてほしい、などと親のエゴが出てしまいます。まぁ、表面には出さずに本人としては気持ちを引き締めているのかもしれませんが。
 どうせなら、ばんばん世間に出て行って、精神的に強い人間になってほしい。何でも自分で解決できるようになってほしい、などと思っていても、いざ東京で一人暮らしが始まるかと思うと、急に心配になってきます。「ちゃんとご飯は食べるんだろうか」とか「隣人はいい人たちだろうか」とか「学校で良い友だちができればいいが」とか「病気はしないだろうか」などなど。考えても仕方がないことばかりが浮かんできます。しかし自分が大学に行った時は、親の心配とは裏腹に、解き放たれたハトのようにとても自由を感じていました。きっと息子もそんなもんだろうと思います。
 どうも子供の出発は、親の子離れへの出発でもあるようです。


信じる心を持つことのススメ
 親が心配ばかりしていても仕方がありません。きっと不幸なできごとなんて起きないだろうと祈るだけです。そしてもし、不幸なできごとが起きたとしても、きっと立ち向かっていってくれるだろう。悲しいことが起きてもそれは試練と思ってくれるだろうと、子供を信じるしかないのです。その信じる心が、信頼関係をまた一段と強くしてくれます。
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12月02日更新 …………………………………………………………………………………………………
■枝打ち
 会社の近くの公園に、樹齢100年のそれはそれは素敵な木が三本あります。
 見晴らしの良い明るくフラットな公園に、「これまでも、そしてこれからもずっとみんなを見守っていくからね」と言って大黒柱のように立っています。
 冬になっても緑の葉が生い茂っているのですが、ある朝見ると枝打ちがしてありました。前日「枝打ちをしているな」と気にとめていたのです。
 枝打ちされたその姿を見て驚いてしまいました。生い茂った風貌もみごとだったのですが、枝打ちされた姿は枝のバランスも良く、風通しも光の通しも良さそうな、見る人の気持ちまでスッキリさせてくれるような姿に変身していたのです。
 「う〜ん」とうなってしまいました。人の心に見えたからです。
 いろんなことを知りすぎてノイローゼ気味になってしまう真面目な人が多いのではないか、と最近よく思っています。そんな人たちに、このすばらしい枝打ちのように「もう、このことは捨てていいんだよ、その過去はもう充分に学習したんだから、忘れてもいいんだよ」と言ってあげられるようになりたいと思いました。
 生きることの先輩であるその木に「人間、のびのび自分らしく生きるために、上手に心の枝打ちをすることが必要なんだ」と教えてもらいました。


のびのびスクスクのススメ
 木の枝は人間の個性や才能と同じです。最初は自由にのびのび伸ばしましょう。やがて、余分だなと思った箇所や必要なくなった箇所を取っていけば良いのです。切り取られることを恐れて最初から縮こまっていたのでは、大きな心やステキな心は育ちません。それが素直に成長していくということだと思います。
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12月01日更新 …………………………………………………………………………………………………
■心の洗い方
 もともと車が好きだったので、毎週日曜日にはせっせと洗車をしていました。
 心がスッキリするし、車の調子も良くなるような感じがするのです。気のせいかなぁと思いつつも、「そんなこともあるさ」と自分の中では受けとめて、車と自分の仲を確認していたようなところがありました。
 しかしここ数年、仕事が忙しくなるにつれて自動洗車に出してしまったり、部下が洗車してくれたりして、ずいぶんとやっていませんでした。ふと先日、また思い立って久しぶりに洗車をやってみたのですが、やはり心が洗われるような気がするのです。
 よくアイデアを考えていてムシャクシャすると、手を洗っていました。気持ちがさっぱりしてアイデアが出るからです。そんな時には歯を磨くという知人もいます。どうも人間は、何かを洗うことで心を洗っているようなところがあるようです。
 決めた日の朝、会社のトイレ掃除をするようにしています。不思議なことにトイレを掃除していると必ず、仕事の不満や家庭、友だちへの不満が出てきます。だからいつも、そんなことではいけないと思いつつ、一生懸命に自分の心を洗うつもりでトイレ掃除に取り組んでいます。
 いろいろな物や場所で、人間は自分の心の洗い場所を持つことができるようです。


他を癒して自分を癒すことのススメ
 人の心は洗うとか片づけるという、何かをキレイにする行動でしかキレイにできないようです。それも、もともとキレイなところをちょこちょこっとするくらいではなく、ムシャクシャしたものを洗い流すのですから、それを見つめられるように、なるべく汚いものを洗うことが効果的です。たとえば人の相談にのって荒んだ心をきれいにしてあげることも、自分の心を磨くことにつながるようです。
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11月29日更新 …………………………………………………………………………………………………
■知識の使い方
 知識は何のために必要なのでしょう。そう聞かれると、多くの人は答えにくいようです。
本来、知識とは情報であり、それをどう使うかが問題です。なのに今の教育は知識教育にとどまっていて、その先にある、どう使うかというところまでは到達していないようです。
 知識というのは、目標を見つけて行動をするために必要な要素というか、ひとつの道具のようなものです。知識を有効に使い、ひとつの経験や体験にすることで、知恵がついていくのです。もっと言い換えると、アイデアを出すために知識は必要なのです。大学で講議をしていると、「どうやったらアイデアが出るんですか?」と生徒によく聞かれます。
しかし、いくら考えても、その前に知識がなければアイデアは出てきません。
アイデアの素になる要素をいっぱい取り込んでおかなければ、何も思いつかないのです。
 そして知識というものは、失敗しても良いから使ってみないと身につかないようです。ちょっとした失敗を恐れる心では、せっかく受けとめた知識を使えず、腐らせてしまいます。知識は、取り入れ方だけでなく整理の仕方、そして使い方が大切なのです。
 知識教育が充分普及した次の段階として、今後は、知識の使い方の教育の出現が望まれています。そして最終的には、人格の向上にまでつなげていくことが必要になってきます。知識とは、体験や経験から取り入れられ、人間性を磨くために使われるべきものだと思うからです。
 知識教育と人格教育。
 これからの時代、この二つの教育を実行していくことがとても重要だと思います。


勇気を持って学ぶことのススメ
 何も知らなければ不安もなかったのに、知ってしまったために怖くなってしまうことがあります。またいろいろなことがわかったばかりに、頭にきたり、あきらめたくなってしまったり。半端な知識はかえって人を惑わせます。それを乗り越えて学ぶところに、本当の安心を得ることができます。そしてその知識を暴走させずにすむような、人間性のバランス感覚を育てる教育がほしいものです。
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11月27日更新 …………………………………………………………………………………………………
■問題解決は目標開発
 いろいろな人に相談を持ちかけられますが、その内容の100%が人間関係のことです。
 「どうすれば、夫婦でいい居酒屋を開けるか」の話は、「どうやって、お互いの想いのすり合わせをすればいいか」という話だったりします。
「子供の進学はどうしたらいいか」の話には、「その子はどんな性格で、将来何をしたいと思っているのか」が関わってきます。
 みんな問題の解決の糸口を見つけようと話しに来るのですが、ほとんどの人が、何が悪いのかを決めつけようと悪者探しをしています。
しかし、どんなに誰が、何が悪いかを見つけても問題解決にはなりません。
 問題ごとにかならず原因があります。それに気がつけるかどうかです。
そして気づいたことで相手をどうこうしようとする前に、自分のできること、自分がしなくてはならないことを見つめるべきです。
 相手にどんな理不尽なことを言われても、相手を言い負かそうとか、理屈でわからせようと思ったらもっともめるだけ。もし変なことを言われたら「なぜこの人は、こんな変なことを言うんだろう」と、一呼吸おいて考えてみることです。
そして原因を見つけ、それを受けとめていくことが自分の進歩にもなるし、問題解決につながるのです。
 ようは問題解決というのは、原因を探し出してそれをどうすれば良いかを見つける、目標開発なのだとつくづく思います。
この話を納得してくれて、問題ごとを目標に変えることができた人はみんな、解決に向かっています。


どんなことも目標にしてしまおうのススメ
 アクシデントが起きると、そのできごとに最終的に一番近いところにいた人が非難されたりします。でも原因はそのずっと前からあって、小さな見過ごしや「これくらい、まあいいか」の積み重ねが招いていたりします。誰か一人を悪者にしてその場を収めたとしても、本当の解決にはなりません。現象を責めずに原因を解明しましょう。そして解決できる知恵と断行力を持ちたいものです。
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11月25日更新 …………………………………………………………………………………………………
■なんで、なんで
 人間は考えることができる。そこが一番優れているところではないでしょうか。
子供の頃、誰もが「なんで、なんで」とお父さんやお母さんに聞いた憶えがあると思います。
しかし、親はじょうずに答えられそうもないと「そんなこと、どうでもいいの」などと言ってしまうことがあるのではないでしょうか。そんなことの連続や、考えの壁のようなものにぶつかって、考えるのをあきらめてしまっている人が多い気がします。
答えが出ないと進めない症候群にやられてしまっています。
 答えは、自分でつくるものです。宇宙はどこまで続いているんだろうと考えてわからなくても、考えてもわからないくらい大きいものなんだ、と答えを出せばいいのです。
人間ってなぜ生まれてくるんだろうと考えてわからなかったら、きっと意味があって生まれてくるんだろう、と答えを出せばいいのです。とにかく答えには無限の幅があるし、深さもあるのだと思います。
 何にでも疑問を持つのは子供の専売特許みたいに思われていますが、大人にとっても大切なことです。
生活の中で何にでも興味を持つことができれば、未知のモノをどんどん受け入れる姿勢ができてくるからです。
 自分の答えを受け入れられるのであれば、なんで、なんでと考えていくことできっと成長することができます。だからずっと、「なんで、なんで」を続けて行きましょう。答えの出ないことなどひとつもありません。


クエスチョンサーチのススメ
 私たちは身の周りで起きている現象からいろいろ学んでいます。その中の基本となるのがクエスチョンサーチ(ギモン出し)です。ギモンに思うところが自分の興味のあるところであり、自分の情熱や目標が隠されています。身の周りで起きている現象からギモンを見出し、そこから前進するためのキーワードを探しませんか。
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11月23日更新 …………………………………………………………………………………………………
■おいしくいただく
 二十代の頃は、ご飯を食べるのが苦痛でした。
 面倒だし疲れるし。胃腸が弱いせいもあったかもしれません。
 しかし、もともとは生き物を食べるということに対する罪悪感が強かったのが一番の原因だったと思います。
 食事なんて、宇宙食のように一分で済んじゃえばいいのに、と真剣に思っていました。
グルメなどと言っている人たちは、自分の楽しみのためだけに生き物をむさぼっているような感じがして、軽蔑さえしていました。
ところがある時、食べ物というのは贅沢にするものではなく、その素材を活かし、おいしくいただくことが最高の供養になる、という話を聞きました。  その時から考えが変わりました。
人間、なんだかんだいっても食べなければ生きていけません。だったら粗末にせず、残さず、おいしくいただくことが一番良いのではないか、と思えるようになったのです。
不思議なもので、それからは一つ一つの素材の味を感じられるようになりました。
すると今まで嫌いだった食べ物も、ほとんど好きになってしまったのです。  食べさせてもらった生き物にも、よりがんばって生きることで何かを返せるような気持ちが持てるようになりました。
 しっかり噛みしめるとでもいうのでしょうか。一つ一つの話も、一人ひとりの人間の考えも、少しずつ大切に受けとめられるようになってきたような気がします。
 歳をとるごとにいろんな味わいを感じられるようになって、最近では、おいしくないモノやできごとも、それなりに味わえるようになってきたようです。


もっと命について考えることのススメ
 お刺身やハンバーガーのもとが何かを知らない子供たちが増えていると言われますが、大人だって、生き物の命がかかっていることを忘れているのではないでしょうか。畜殺されるところを見たら「かわいそう」と言うのに、平気で食べ物は残す。かわいそうと思える気持ちがあるのならば、動物の死を見つめ、命のことを見つめたいものです。きっと食べ物を無駄にできないと思います。
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11月21日更新 …………………………………………………………………………………………………
■発言権
 初めて講演というものをした時のことです。
緊張しながらも話しをしていて、人生の大先輩たちや、はたまた初々しい若者などが目を皿のようにしてこちらの話しを聞いてくれているのを見て、「こんな自分でも発言権を持てたんだ」とうれしくなりました。
聞いてもらえることがありがたくて、話している自分の方が感動してしまったのです。聞いている方たちはつまらなかったかもしれない、と思いながらも、みょうに手応えを感じ、興奮気味で帰ってきたのを覚えています。  
そして発言権を持つことのすばらしさを知りました。  
長い間仕事を続けてきて、それなりに専門性を持ててきたので講演の依頼もいただけるようになったのですが、聞いてもらえる人間性がなければ発言権はいただけないものだと思います。
 その時から「聞いてもらえる自分になる」という概念がインプットされました。以来、考えごとをする際はいつも「話す相手が前にいる」というイメージを持つようになり、それが自分を励ましてくれているようです。  
どんな正論であっても、すばらしい内容であっても「あなたの言うことなんか、聞きたくないよ」と思われてしまっては何にもなりません。
「この人の言うことなら」と思って聞いてもらえる人間性が必要だということです。話す内容の専門性とそれを聞いてもらえる人間性の両方を兼ね備え、人の役に立つ発言ができる、そして発信している内容を信じてもらえる人間になっていきたいと思います。


自己主張ではなく自己表現のススメ
 人に何かを話す時、自分の思ったことを、相手の性格や立場を考えずに、ただ自分の思ったように言うのが「自己主張」。自分というものをまず自分自身しっかり理解し、相手に対して伝わりやすいような工夫をするのが「自己表現」。同じように見えても、何をどう伝えるかという部分で大きな違いがあります。自分の考えを正しく伝えるには「自己表現」が大切です。
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11月19日更新 …………………………………………………………………………………………………
■思いやりの交通ルール
 交通の社会においては、私は歩行者、自転車、バイク、乗用車の四役を務めています。
歩行者からの立場で言うとバイクや乗用車が乱暴に見えてしまうし、自転車に乗っている場合には歩行者がすごく邪魔になってしまいます。
 乗用車を運転している時には、バイクや自転車がとても危険でうっとうしく感じます。
 そう考えると、人というのは本当にジコチューだなとつくづく思います。
 あえて「気をつけなくてはならない優先順位」をつけるとしたら、強いものから思いやりを持った方がいいのではないでしょうか。
 乗用車、バイク、自転車、歩行者の順です。でも、気をつけないと痛い思いをする順番は歩行者、自転車、バイク、乗用車の順でしょうか。
 もっと視野を広げてみると、犬の散歩をしている人、小さな子供たち、車イスに乗っている人、目や耳の不自由な人…。さまざまな人たちが歩いています。
 「止まれ」とか、「一方通行」などの通常の交通ルール以上に、もっともっと思いやりを基準にした交通ルールを、みんなが意識することで本当の交通安全が生まれるのではないでしょうか。


思いやりの八方美人のススメ
 決まりだからそれに従う、というよりも、その決まりがもともと何のためにあるものなのかを考えてみる。そうすればもっと、決まりではないけれど人のために思いやった行動や、できることからやってみる、という行動も現れてくるのではないでしょうか。それは、交通ルールに限らず、携帯電話やタバコのマナーなどにも言えること。思いやりとは画一的なものではなく、人それぞれの立場に合わせた、言うなれば思いやりの八方美人がいいようです。
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11月17日更新 …………………………………………………………………………………………………
■部下をもとう
 上の立場の人が下の立場の人を見るのには三年かかるけれど、下の立場の人は上の立場の人を三日で知ってしまう、という言葉があります。
上司は、全体の向上のために部下たちの良いところを探さなくてはいけないのに対し、部下はそんな責任を感じることなく上司の悪いところを中心に見ている、ということのようです。
 言い換えると、悪いところを見るのはたやすいけれど、良いところを探すのは難しい、ということではないでしょうか。
 これは上司と部下の関係だけではなく、親と子、先生と生徒などにも言えることです。
いくらしつけが大事だからと、親が子供の悪いところばかりを見て叱っていたのでは、子供は悲しくなってしまい、心を開いてくれなくなります。
逆に、一生懸命に良いところを見つけてほめてあげれば、自信が芽生え、活き活き伸びてくれます。
 上に立つ人というのは、それだけの責任があるのです。
 部下を持つということは、きっと、「人の良いところを見つけられる人間になりなさいよ」ということです。
また、そうすればいろんなことに気がつけるようになり、「あなた自身が成長できるのですよ」ということだと思います。
人間的に成長したいと思うのなら、部下を持つことがいちばんの近道かもしれません。


教えることでつながることのススメ
 部下や後輩ができても、自分がわかっていないと教えることができません。だから教えるために確認する、勉強する。すると自分が成長させてもらえる、とも言えます。人のためにと思ってすることが、結局は自分に返ってくるのです。そして教えてもらった部下は、またその部下のために勉強する…人はこうしてつながっていくのだと思います。
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11月15日更新 …………………………………………………………………………………………………
■経験・体験の使い方
 人間は毎日毎日、大量の経験・体験をしています。この経験・体験は使い方によって死にもするし、活かせもします。
たとえば大失恋をしたとします。この体験を自分だけのものにしてしまうと「私は悲しい、つらい、不幸な人間だ」で終わってしまいます。ところがこれを人のために役立てようとすると、同じように失恋で苦しんでいる人の気持ちをわかってあげられるし、助言もしてあげられるかもしれません。
 何かを成し遂げた時には、それを自分だけのものにして喜んでいると自慢や自惚れに見えてしまいますが、その経験を参考にしてもらえるようにと人に語っていけば、みんなに喜ばれます。このように、経験・体験というものは、どんなことも活かしていけるし使い方はとても簡単です。
 先日、ヘルパー歴三十年というお婆さんと会いました。お婆さんは「昔のお年寄りはヘルパーに行くと”ありがたい、ありがたい“ととても喜んでくれたけれど、今は”当然“という態度のお年寄りが多い」と言っていました。そのお年寄りたちは悲惨な戦争を体験してきた世代です。この話は「戦争という大変な経験をしたからといって、みんなが人格を身につけるわけではない」ということを証明していると思います。
どんな大変な体験も、正しく受けとめなければただの悲惨な思い出になってしまいます。
 経験・体験を正しく素直に受けとめて、役立てていける人間になりたいと思います。


生活の中から学ぶことのススメ
 自然から学ぶ、社会から学ぶ、親から、友だちから、先生から学ぶ。兄弟、彼氏や彼女、そしてペットから、映画や本から、先哲者から何を学んだか。ファッションや趣味を通して何を学んだか。私たちの周りには数えきれない学びの師匠がいます。すべて過去と現在という時間の中で繰り広げられてきました。体験はすべて、自分だけの貴重な学びのために存在しているのです。
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11月13日更新 …………………………………………………………………………………………………
■犬種差別
 以前は自転車で通勤していましたが、最近、のんびり風景を楽しんで歩く心の余裕がほしくて、徒歩で通うことにしました。
それでも会社まで、たったの七〜八分。でも公園を突っ切ってくるため、わずかな時間の中でたくさんの犬の散歩に出会います。
最初の頃は「あ、柴犬だ」とか「マルチーズだ」とか犬の種類で見ていましたが、ある朝ふと気づきました。よくよく見ると、みんな性格もちがうし表情もちがいます。当たり前のことですが、今さらのように気がついたのです。
飼い主から逃走した「秋田犬」は、駆けながら振り向きざまに笑っていました。片足を上げて眉間にしわを寄せて哲学している「シェパード」もいます。小型犬でも堂々としている奴もいる。
お爺さんの歩調にあわせてゆっくり歩いている「柴犬」は、絶対に引き綱を張りません。
ある犬は、初めの頃は私の顔を見て駆け寄ってきてはギャンギャン吠えていましたが、何度も会ううちに吠えなくなりました。
なんか、今まではシルエットだけで見ていたんだな…とすごく反省しました。一〇一匹わんちゃんの「ダルメシアン」も、模様だけで見分けないようにしよう。小さな「チワワ」だからきっとか弱いんだろう、という見方はやめよう。
知らないうちに差別していた自分に「早く気づきなさいよ」と教えてくれたワンちゃんたちの顔がいくつも浮かんできました。
これから、もっとみんなと仲良くなれそうな気がした朝でした。


自分の偏見に気がつくことのススメ
 「普通、こうなんじゃないの」などというのは、しっかりとした根拠がなければ、その人から見た一方的な見方の場合が多いものです。たとえば「自分は災害にあったりしない」と思うのは「平常の偏見」と言うのだそうです。自分でも気づかないところで、偏った見方や考え方をしている場合があるかもしれません。根拠のない自信やあいまいな表現はできるだけ避け、なぜそう思うのかをちゃんと言える自分でありたいものです。
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11月11日更新 …………………………………………………………………………………………………
■子供は成長の素
 二歳、三歳、四歳くらいの子供は本当にパワフルです。
よく泣く、走り回る、食べまくります。あの小さな体から、どうしてあんなエネルギーが出てくるんだろうと感心します。  バナナなども平気で一本を食べてしまいます。大人と子供の体格の比率を考えると、三倍くらい大きなバナナを大人が食べるのと同じです。
 ケーキもおせんべいもです。  食べ物以外にもいえます。たとえば階段。子供は、ものすごい高さの階段を一歩一歩上がっていることになります。  そういえば、私の娘の小さい頃を思い出しました。
 歩く時、私は別にスピードをゆるめて歩いたことなどありませんでした。
 それでも娘はけなげに、一生懸命走るように手をつないで歩いていました。
 そのけなげさを楽しんでいたような気もしますが、今思い返すと、とても申しわけなかったと思います。と同時に、人に対する思いやりのなさに気づきました。
 子供が一歳になると、親も親として一歳になります。親と子は同時に成長しています。
 親は、実際にしつけをしたり、自分の姿を通して生き方を教えたりして、子供に尽くしていきますが、子供もその小さな体で、可愛い姿で、自分の親を親にしてくれています。しかも子供の成長はとてもパワフル。
 そのスピードに負けないように親も一緒に成長していけば、たくさんのことを教わり、大きく伸びることができるのだと思います。


育ち育ててもらうことのススメ
 人間だけではなく、植物や動物を育てることなどにも同じことがいえます。小さい頃の可愛らしさに癒されるということもありますが、成長していく姿が頼もしく、こちらまで元気づけられるからです。その出会いの中からどれだけのものを学べるかで、私たちは度量を問われているのかもしれません。子供たちは成長の素です。そのけなげさ、強さを励みに、一緒に成長していきたいものです。
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11月9日更新 …………………………………………………………………………………………………
■すべり台は登るモノ!?
 公園を通りかかったら、小さな子供がすべり台のすべるところを登ろうとしていました。
 するとその子のお母さんが「だめでしょ、ちゃんと階段から登らないと」と言ったのです。ほかに順番待ちの子供がいたワケでもありません。
 はたして、すべり台はすべるだけのものなのでしょうか。
 子供だった頃、さまざまなすべり台をいっきに駆け登ることにチャレンジし、多くのすべり台を制覇してきました。ツルツルすべる長い板を登る。この難関に挑戦することで、不可能を可能にする達成感を知り、自分の勇気と体力に信頼感を培ったともいえます。
 子供には「すべり台は登ってもよい」というルールを決めたらどうでしょう。もちろん「人に迷惑をかけない」という条件付きで。
 大人、子供に限らず、ある一方からしかものごとを見ることができない人が増えています。知識はあっても知恵がない。あれもダメ、これもダメ、それもダメ…。その子供が素直であればあるほど、きっとすべり台はすべるだけ…そう思い込んでしまいます。
 遊んでたって、仕事してたって、あれもイイね、これもイイね、それもイイかもね…そう考えていった方が、アイデアも楽しさもグ〜ンと広がります。みょうに常識的に考えてしまっては子供も大人も枠の中に閉じ込められてしまう、いや、閉じ込もってしまいます。
 子供たちに「すべり台は、すべるよりも登る方が楽しいぞ」と言ってあげたい。


多角的にモノゴトを見ることのススメ
 十円玉の形は、はたして丸なのでしょうか。女の子がお人形より車のおもちゃをほしがってはいけないのでしょうか。私たちは知らない間に、偏った常識にとらわれている場合があります。もっと多角的にものごとを捉えられれば、楽しさも、工夫も、知恵も広がることがたくさんあると思います。それにどれだけ気がつけるかが、その人の個性なのかもしれません
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11月7日更新 …………………………………………………………………………………………………
■会話のルールと野球の審判
 かつて子供野球の審判をしていました。というよりも、やらされていました。「自分に審判なんてできるんだろうか」と、どぎまぎしながら始めたのですが、初っぱなの講習会から感動してしまいました。
 たとえばランナーがベースに滑り込んだとします。その時の審判の対応は、まず、一番確認しやすい位置に自分を持っていく。次に、アウトかセーフか判断する。そして、一呼吸おいて最後にジャッジする。「アウト〜!」「セ〜フ!」です。
 どこがポイントかと言うと、一呼吸おくところです。普通、人間というものは、ゲームの流れでアウトかセーフかが直前にわかってしまうそうです。しかし、ベースに足、ランナーにグローブがついた瞬間にジャッジすると必ず両者から不満が出るし、審判として信用されないというのです。ランナーが滑り込んだ。ボールが来た。タッチをした。タッチの方が早かった。よし、確認した。「アッウット〜!」…。これを遅すぎず、早すぎず、誰の目から見ても納得のいくタイミングでジャッジをすることが大切なのです。
 生活の中でも、同じことが言えます。人の話を途中まで聞くと大体のあらすじがわかってしまい、最後までしっかり聞き終わらぬ前に返答してしまう。そんなことをしていたら、相手の言いたいことも正しく聞けないし「この人はしっかり聞いてくれない」と信用をなくしてしまいます。これまで、そんなことをいっぱいやってきたと思います。


伝えるために相手を知ることのススメ
野球のルール、いや審判のルールから、会話のルールを学びました。
どんな場合でもまず、相手の言うことに耳をかたむける。そしてたとえ賛成できなくても「この人はこう考えているんだな」と受けとめられるようになりたいものです。そしてこちらの気持ちも、相手の人柄を見て伝える努力をしましょう。伝えようと努力をすることで、自分が相手を理解できるようになっていくのだと思います。
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